2017年01月20日

コードレス至上主義者に手放しでオススメ、日立マクセル低周波治療器『もみケア』

初めての低周波治療器として、『おうちリフレ』を使っていたワタシ。
しかしながら、バッテリ駆動式でないため、移動しながらの使用ができないことに不便を感じ、オムロンのHV-F021に乗り換えたのが、一年半ほど前のお話。

おうちリフレ(パナソニック)HV-F021(オムロン)

大きな不満もなく、約1年以上に渡って、オムロンHV-F021を使い続け、それなりに満足していた。
だが、人間の欲望というものは、限りがない。

「密着パッドのコードが絡まるのが気になるなあ」
「ちょっと動こうとしたときに、コードに引っかかるのがじゃま」

などなど、ここまでくると、欲望というよりは、ただのわがまま。
ケーブルなしで、すっきり装着、動くのに支障のないタイプの治療器はないものか。

あった、あった、ありました。
それが今回紹介する、日立マクセルの低周波治療器『もみケア』(MXTS-MR100)だ。

もみケア MXTS-MR100(日立マクセル)

その発想はなかった、本体とシートがドッキング

これを購入する際に、まず感じたのが、

「ん? 製造メーカーはマクセル?」
「マクセルって音響・映像系の製品やメディアを作ってる企業じゃないの?」

という違和感だったが、いろいろ調べてみると、理美容・衛生用品も作っているらしい。全然シランカッタ。

今回紹介する『もみケア』も、このジャンルに該当する製品である。
基本的な使い方は、他社の低周波治療器同様、『貼って電源を入れるだけ』。
だが、細かい部分に大きな違いがある。

特徴その1、完全コードレスでの利用が可能。
機器本体とゲルシート(パッド)が一体型となっているため、『本体ごと、体に装着できる低周波治療器』となっている。使用中において、煩わしいケーブルに悩まされることはない。

特徴その2、本体とゲルシートの取り外しが可能。

もみケア・本体とゲルシート取り外しの図

リチウムイオンバッテリを内蔵する小型本体は、シートからの取り外しが可能なアタッチメントタイプ。ゆえにシートの取り換えも可能で、潔癖症のご家族が、使う人ごとに個別のシートを用意し、本体だけ共有する、なんて使い方もできる。まあ、そんな使い方をする人はいないと思うが。

調節・設定できる要素は『音』でご案内

他社の低周波治療器同様、本製品も、貼り付ける患部に合わせたモードや、治療の強さが選べる。

ただ、通常の治療器には、設定内容を案内するディスプレイが存在するのだが、『もみケア』には、それがない。

では、どうするか。
ズバリ、『音』で案内するのだ。

すなわち、電源ボタンで電源投入後、同じボタンを押すことで『ピッピッ』、『ピッピッピッ』と、現在何番目のモードに設定されているかが分かる。もちろん、何番のモードが何であるかは、把握しておくことが前提だが。参考までに、

  • モード1:首・肩
  • モード2:背中
  • モード3:腰
  • モード4:腕
  • モード5:ふくらはぎ

となっている。
私はもっぱらモード1。

そして強弱の調整は、本体の『+』『−』ボタンで行う。
こればかりは、どちらを押しても『ピッ』としか言わないので、指先の感覚で『+』か『−』を感じ取り(麻雀が分かる方には『盲牌』と言えばお分かりだろうか)、どちらを何回押したかを意識しておく必要がある。

見方によっては不親切な仕組みともとれるが、その代わりに小型化、およびコードレス化が実現していると考えれば、決して許容できない不便さではない。

なお、1セット15分経過で自動的に電源がOFFになる、シートが人体から剥がれると、自動的に電源がOFFになるなどの仕様は、他社製品などと共通するところ。ただし、15分以外の時間設定はできない。まあ、したいと思ったこともないけど。

つけたままでの外出も就寝もノープロブレム!

本体の充電は、USBケーブルにて行う(電源アダプタ標準添付)。
一度の充電で、約100分の利用が可能。1セット15分なので、おおよそ7回使える計算なのだが、実感としては、もっと使えている気が。気のせいかもしれんが。

各種ケーブルの呪縛から解き放たれると、まず、装着していることが一見してまったく分からないため、つけたまま外出しても、見た目には違和感なし。ただ、装着部が振動しているため、見る人が見れば、明らかに動きがヘンなのは見てとれるが。

また、付けたまま寝てしまっても、ケーブルが体に巻きついて、窒息死する(!?)などの心配をしなくてすむ。もっとも、寝ぼけて取り外したまま、どこかへ放置してくるなんてオチも、考えられなくはないが。

家にいる間ならば、利用シーンをほとんど選ばないというのは、実にありがたい。

形状ゆえ、参入したてゆえの問題も

さまざまな特徴を創出したがゆえに、いくつかの懸念点も存在する。

まず一つは、シート(密着パッド)の大きさが、他社のそれに比べて大きいこと。
本体とシートを一体化させるというコンセプトのため、シートはある程度の大きさにせざるを得ない。本体の重さで、シートがはがれてしまう可能性もあるためだ。

そのため、交換用ゲルシートのコストは、どうしても高くなってしまう。同等スペックの他社製品が、1枚あたり400〜700円程度なのに対し、もみケアのそれは、1000円を超えてしまう。

次に、本製品は、あくまで本体とシート、1セットで販売されているということ。
そのため、両肩に貼って使いたいという場合は、交互に貼るか、もしくは2セット購入する必要がある。2セット単位で販売しているパッケージもあり、ワタシはこちらを購入したのだが、知らずに買うと、箱を開けてみて「あれっ?」ということになるかもしれない。

また、これはマクセルにとって低周波治療器第一弾製品であるがゆえの問題かもしれないが……

本製品、『もみケア』というネーミングや、製品情報サイトの傾向から見ても、メインターゲットは女性だと思われる。その割には、使用していないときの保管状態の絵が、あまりよろしくない。

本体+ゲルシートを、台紙(プラスチックシート)の上に乗せただけ。
そして、この台紙もまた、実に簡素なもの。

もみケア・保管用台紙

質実剛健にして必要十分、無駄な要素を省いて価格(コスト)を抑える姿勢は歓迎したいところだが、知り合いに見せたくなるようなおしゃれ感は、そこにはない。

このあたりは、『おうちリフレ』(パナソニック)に一日の長がある。
次回以降、価格が大きく上がらない範囲で、改善をお願いしたいところ。

デメリットを甘受できれば買い

まったく触れてこなかったが、使い心地については、特に問題なし。
他社製品と比べても、遜色のないものとなっている。

実際に効き目があるのかどうかは謎だが、少なくとも付けている間、

「あー、なんか揉まれてる〜、叩かれてる〜、押されてる〜」

といった感覚を味わい、「あー、そこです、そこそこ」といった脳内セリフが発せられることを考えれば、治療器としての役割は、十分に果たしているものと思われる。

一方で、おそらく多くの方は、2個買いが前提となるであろうこと、交換用ゲルシートの値段が張ることなどを考慮すると、コスト的には、他社製品に比べて、幾分高めになってしまうかもしれない。

ただし、本製品は、それらの問題を補って余りある『小型』、かつ『コードレス』という魅力がある。何をおいても、ケーブルがないものが欲しい! というのであれば、本製品は、現時点で唯一無二の存在であり、買って損はない。少なくとも、上記のニーズを元に購入したワタシは、そう感じている。

もしも後継製品を出すのであれば、ゲルシートの互換性を持たせてほしい(そのまま使用できるようにしていただきたい)。そうすれば、旧製品ユーザーが乗り換えやすくなること請け合いだ。ゲルシートは、プリンタインクなどと同じく、稼げる消耗品ではあるが、それも本体ユーザーがあっての話。本体性能ともども、ユーザーの利用における安心感、所有する満足度をを高める努力を、メーカーには期待したいものである。

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2014年06月25日

ブラジルワールドカップ2014(2)〜日本−コロンビア戦、この悔しさと世界との距離を忘れるな

サッカー・ブラジルワールドカップ2014。
日本の第三戦、対コロンビア戦。

1-4。
もう、言い訳できないほどの完敗。
この瞬間、グループリーグの敗退が決まり、日本中をため息と脱力感、そして封じ込めていたはずの眠気が襲った。観戦者たちの今日の仕事に影響が出ないことを願うばかり。

戦犯を探すとか、そういう次元にたどりつくまでもなく、完膚なきまでに叩きのめされたという感が強い。
今日の試合だけを見ても、攻撃でも、守備でも、一対一の場面での強さは、コロンビアに遠く及ばなかった。4点をたたき出した攻撃力に目が行きがちだが、日本の猛攻を耐え忍んだ守備力も評価されて然りだ。

グループリーグが終わった今、タラレバの話はご法度かもしれないが、並行して行われたギリシャ−コートジボワール戦を、ギリシャが制しているだけに、この試合は石にかじりついてでも勝ってほしかった(結果として、ギリシャが決勝トーナメントに進出)。

大会中に大きな怪我人が出ることもなく、万全を尽くして、そして敗れた。
海外の強豪リーグに多くの選手が所属するようになり、選手のレベルは向上したのかもしれないが、日本というチームとしてのレベルは、まだ世界に追い付いていなかったということか。
あとは、親善試合でも練習試合でもなく、本大会で確たる結果を残す、そのための体制づくりが、次期日本代表には求められるのかもしれない。課題は多い。

とはいえ、これで日本のサッカーが終わったわけではない。
次回、ロシアで開催される2018年のワールドカップでは、圧倒的な強さでアジアを制し、再び世界の舞台で強豪と相見える。彦一(スラムダンク)ではないが、そのための準備を、他国よりも早くできることを、プラスと捉えたい。

しかし、このブラジルワールドカップ、アジア勢は未だ勝利なし。
ここはアジアの出場枠を減らしてもらい、ワールドカップに対する危機感、ハングリーさをもう一度思い出す必要があるのかもしれない。

ともあれ、選手の皆さん、お疲れ様でした。
応援した皆さん、お疲れ様でした。
テレビ局の皆さん、サッカー以外のニュースも報じてください。

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2014年06月15日

ブラジルワールドカップ2014(1)〜日本−コートジボワール戦、数字上は接戦、中身は完敗

ついに開幕した、サッカー・ブラジルワールドカップ2014。
日本の初戦、対コートジボワール(アフリカ)戦。

結果は、1-2。
惜しくも一点差で涙を飲んだ。

点差はわずかだが、内容には大きな差があった。
内容だけ見れば、1-3のゲームだったように思う。

やはり試合の流れを変えられる、支柱的プレイヤー(ドログバ)の存在は大きかった。
また、悪条件への適応力という点で、大雨という天候は、日本に災いしたのかもしれない。
もちろん、そういった条件への対処を含めて、チームの強さが問われる舞台だ。言い訳にはできない。

グループリーグ初戦で敗れたチームの本選出場確率は、約9%。
5回目のW杯出場ともなると、現実が理解できるようになった今、グループリーグ敗退の文字が、早くも脳裏をかすめてしまう。

ただ、負けはしたものの、1-3のゲームを1-2で終わらせたことは、のちのち意味が出てきそう。
すなわち、得失点差だ。
意味を持つかどうかは、いうまでもなく、残り二試合の戦い方にかかってくる。

喫緊の課題は、守備の立て直しと、プレイの精度向上。
今日の試合も、シュートまで持って行かれる回数が多く、こちらのパスは『とられた』というよりは『とってもらった』ように見えるものが非常に多く見受けられた。

次の試合は、対ギリシャ戦。
過去、コンフェデレーションカップで日本が勝ったことのある相手でもあり、グループCの中で、最も勝てる可能性の高い相手とされているが、一筋縄ではいかない。欧州予選ではグループ最少失点の堅守を誇るチーム。とはいえ、日本は負けはおろか、引き分けも許されない状態。

絶対に負けられない試合で、負けてしまった事実。
個人的には、残り二試合、リーグ突破を志すよりも、ワールドカップにふさわしい好ゲームを展開することに、期待したい。
もちろん、そのうえで勝ってくれれば、最高なのだが。

次のギリシャ戦は、日本時間で6月20日(金)、朝5:50から。
中継局は……日本テレビ、およびNHK BS1。

週末・金曜日における日本全体の経済活動、そして夜の飲食店の売り上げを、大きく左右しそうなこの一戦。
いい試合を、とは書いたが、日本のために、やはり勝て! 勝ってくれ!

posted by たいにー at 12:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年05月15日

サッカー・ブラジルW杯代表23人選出の陰で〜川崎フロンターレ・中村憲剛選手の再出発

過日、サッカー・ブラジルW杯の日本代表選手23名が発表された。
代表入りを期待された、川崎フロンターレMF・中村憲剛選手。
彼の名前は、そこにはなかった。

代表発表に至るまで、発表の瞬間、発表後の想いを、彼はブログに綴っている。
まずは、こちらをぜひとも、ぜひとも読んでいただきたい。

この文章の中から、彼の本音が垣間見える部分を、二ヵ所ほど抜き出してみた。

なので、これは怒られてしまうかもしれませんが、本当に一瞬、一瞬ですがどうでもよくなりました。ACLもリーグ戦も何もかも。

虚無感に苛まれるのは、それだけ彼のW杯にかける思いが強かったからにほかならない。褒められる感情ではないのかもしれないが、人として、その感情を否定してはいけないように思う。

そして本日、予備登録メンバーに選んでいただきました。
でも、呼ばれるということは、23人のメンバーに何らかのアクシデントがあるということです。
俺はそれを望みたくはない。でも過去の例を見ても何が起こるかわからないのがW杯です。だから、その時のためにしっかり準備をしておくのは登録メンバーに入った者の義務だと思います。

ここでは、本音というよりも複雑な心境を吐露している。

中村選手がピッチの上に立つということは、ザッケローニが考えるベストメンバーではない状態になっているということだ。それは日本代表の躍進という使命を背負った指揮官の方針から、逸れることになる。中村選手が望むのは、強い日本であり、その強い日本を支える強い自分であるはずなのだ。

召集の可能性がある以上、日本代表への想いをキッパリと断ち切るわけにはいかない現状。
中村選手の精神的な戦いは、本大会まで続くのかもしれない。

落選の悔しさは、トップレベルの選手にしか味わえない

テレビ朝日で、W杯代表メンバー発表のニュースを報じる映像の中で、川崎フロンターレのバス車内で大久保嘉人選手の名前が呼ばれた瞬間のシーンがあった。

皆、一様に驚きと歓喜の表情に沸いていたようだが、映像の一番最初、バス最前列に座っていた中村憲剛選手の虚ろな表情が気になっていた。まさに喪失感に覆われた、そのときではなかっただろうか。

当落を囁かれながら、あるいは代表入りを期待されながら選に漏れた、その悔しい気持ちが、ブログからは痛いほど伝わってくる。サッカーにそれほど詳しくない私などから見ても、中村選手のパスの精度、安定したパフォーマンス、何より前線主力選手との連携力は、実績と経験に裏打ちされた、彼の持ち味。一言で言い表すなら『器用な選手』だと思う。

そんな彼が、なぜ選ばれなかったか。
これはもう、神(ザック)のみぞ知るとしか言いようがない。
残酷ではあるが、それが現実だ。

だが、選出の可能性が取りざたされて、結果として落選してしまう。
これもまた、国内トップレベルの選手だからこそ、味わう屈辱、そして落胆なのかもしれない。

中村憲剛という選手のこれからを見ていきたい

W杯は、サッカーメン共通の夢の舞台であり、目標とされる。
だが、W杯だけがサッカーではないのも、また事実。
ブラジルで活躍する中村選手を見たかったのは確かだが、川崎サポーターは、それと同じくらい、チームを優勝に導くあなたの姿も切望している。『選ばれる』ことによって得られたものも大きかっただろうが、『選ばれなかった』からこそ得られるものも、またあるはずなのだ。

正直に言うと、川崎に住んでいながら、私はあまりフロンターレに興味がなかった。
フロンターレが勝てば、地元が賑わう、その程度の感覚だった。

大久保嘉人選手の代表復帰、そして中村憲剛選手の代表落選。
この二つから言えること。
私はこれから、もっと川崎フロンターレを応援しようと思う。

あなたがサッカーを続ける限り。
私はフロンターレを応援しようと思う。

昨年、自らの口から飛び出した「中村史上最高」の言葉。
今年、そして来年、「中村は史上最高を超えた」と言われる、その日を楽しみに待とう。

posted by たいにー at 00:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年01月28日

長距離走初心者が挑んだ、4km×5人=20km駅伝への戦い

ひょんなことから、駅伝に参加することになった。
『ひょんなこと』という言い回しには、それなりの理由がついて回りそうなものだが、今回は文字通り『ひょん』だ。何せ場の勢いに流されて参加を決めてしまったのだから。

そして、その大会がこの週末に執り行われた。

自慢じゃないが、私は長距離走が大の苦手。
500mも走れば息切れするし、5km、10kmは別世界の話。
長距離ウォーキングはお手の物だが、長距離ランニングは専門外である。

そんな私に向かって、駅伝に参加しろという。
1チーム5人体制で、距離は一人4km(全員同じ距離、同じコース)。
同じ職場で、全5チームが出場。私の加わるチームは、30代〜40代で構成される、比較的年齢層の高いチームだ。

4kmというと、初心者には途方もない距離に思えちゃう。武蔵小杉駅からだと、綱島街道沿いに南は木月4丁目の通称『焼肉交差点』、北は丸子橋を渡りきった東京側の交番前までが、どちらも約2kmなので、これを往復するイメージだ。

最初のころは現実味がまるでなかったが、時が経つにつれ、不安は募るばかり。
おまけに同じチームの最終走者を務めるSさんからは、

「ボク、ビリでたすきを受けるのはイヤですからね」

と念を押される始末。

ちゃんとした長距離走の大会に出るのは、おそらくは小学校のマラソン大会以来。
そんな私に、どうしろというのか。

とりあえず、当日、ぶざまな走りを見せないためにも。
練習するしかないか。
そして、私の地道なトレーニングが始まるのであった。

長距離なぞ、死んでも走りたくないと思っていた人間が、一念発起で立ち上がる。
感動(?)のドキュメンタリー(??)は、後日『たいにーの動静っ中年・1月第四週』にて掲載予定。

期待するべからず。

posted by たいにー at 22:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年08月19日

第94回全国高校野球選手権:伝説はまだ見ぬ夢に、新潟明訓、明徳義塾に苦杯

勝ってほしかった。
相手が明徳義塾だからこそ、勝ってほしかった。

だが、現実は厳しい。
新潟明訓、明徳義塾の前に、完敗を喫した。

3回戦:新潟明訓−明徳義塾
1 2 3 4 5 6 7 8 9
新潟明訓 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明徳義塾 0 0 0 0 4 0 0 0 X 4

二回戦では抜群の制球力を見せ、この試合も4回までは無難な立ち上がりを見せていた明訓のエース・竹石が、5回に突然崩れた。

1イニングに4四死球(うち3死球)という大乱調。
明らかに球が上ずり、ストライクとボールがはっきりする投球だった。ここまでたった一人で投げ抜いてきた影響が、ここに出た……とは考えたくないが。

逆に言えば、5回以外は、ほぼ危なげなく投げていただけに、この回だけが惜しい。実に惜しい。

とはいえ、一点も奪えずに終わっては、それも負け犬の遠吠えか。
とりわけ、明徳義塾の早い段階でのピッチャー交代は、まさに試合巧者ぶりをまざまざと見せつけた。2安打に終わったのもさることながら、明訓にとっては、4四死球を出した先発・福永(明徳義塾)から点を奪えなかったことが、すべてだったのではなかろうか。

残念ながら、佐藤監督勇退の花道を、史上初の新潟県勢優勝で飾るという、私のできすぎや夢物語は、夢に終わってしまった。

だが、新潟県勢の強さに安定感が増してきた、それを実証する大会にはなったと思う。
とりわけ、投手力、守備力の安定感は、目を見張るものがある。ここに、大会を代表するようなスラッガーが登場するようになれば、間違いなく優勝候補の一角に食い込めそうな気がする。

夢は夢で終わったが、いつか現実になりそうな夢。
ぜひその夢を、直にこの目で見てみたいものである。

敗れはしたが、明訓ナイン、そして佐藤監督、お疲れ様でした。
秋季大会、そして来年は、新たな明訓野球が見られるであろうことを、楽しみに待ちたいと思う。

posted by たいにー at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年08月17日

第94回全国高校野球:新潟明訓、三回戦は8月18日(土)、明徳義塾と対決

初戦の県岐阜商戦を快勝し、三回戦へとコマを進めた新潟明訓。
次の相手は、高知県代表・明徳義塾と決まった。

新潟県勢と明徳義塾の対戦は、過去に二度あり、1勝1敗の五分となっている。

  • 1984年 夏(三回戦): 新潟南 4 - 2 明徳義塾
  • 2001年 夏(一回戦): 十日町 0 - 10 明徳義塾

1984年の新潟南−明徳義塾戦は、ひっそりと私の記憶の片隅にも。
このとき、私は新崎駅(新潟市北区の白新線の駅)の駅長室で、お茶をもらいながら試合を観戦していた。別に悪さをしたとかそーゆーことではなく、学校の自由研究で、地元付近の駅について調べようと、新潟市付近の駅を中心に、駅長さんに話を聞いて回っていた、その最中のことだ(無意味に行動力があった気がする)。

慣れない場所で図々しくも、新崎駅の駅長さんと、新潟南(確かエースの南だったと思うが)がホームランで勝ち越したシーンに歓喜したのを憶えている。ましてや新潟南が準々決勝を戦った日は、皆がテレビにくぎ付けになるあまり、街がしんと静まり返った、なんて話も。

というわけで、勝ったこともある相手……となめてかかってはならじ。
明徳義塾といえば、甲子園出場の常連校。とりわけ平成に入ってからの成績は目覚しく、2002年には全国制覇も成し遂げている。その上、先日の動静っ中年でも少し触れた通り、今年の高知県大会決勝の戦いなどを見ても、勝ち方を知る『試合巧者』のイメージが強い。単純に力押しで戦っても、勝つのは難しそうな相手だ。おそらく下馬評も戦力面でも、明徳に分があると思っている人が多いに違いない。

劣勢結構。
強い相手であればこそ、倒し甲斐もあるというもの。
是非ともこの壁を乗り越え、栄光への二歩目を!

頼むぞ里中!(いません)

posted by たいにー at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年08月13日

第94回全国高校野球選手権:伝説への第一歩、新潟明訓、県岐阜商を6-1でくだす

岐阜県民の皆さん、ごめんなさい。
初戦の相手が新潟県勢ということで、安牌(勝てる見込みの高い対戦相手)と思い込んでいた方も多いと思うが。
しっかり、勝たせていただきやした!

2回戦:県岐阜商−新潟明訓
1 2 3 4 5 6 7 8 9
県岐阜商 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1
新潟明訓 1 0 0 1 1 2 0 1 X 6

いつから新潟県勢は、こんな優等生的な試合運びができるようになったのか。
1点を争うつばぜり合いの末、接戦をものにするというケースなら何度か見てきたが、今回のように着実に点数を重ね、相手を本塁打による一点のみに抑える、そんな野球ができる県ではなかったはずだ。

いや〜、長生きはするもんだ。
古豪相手に、こんなにいい試合ができるとは。
無失策に加え、与四死球ゼロというのは大いに評価できる。
県岐阜商からすれば、8安打しながら本塁打の1点のみに終わってしまったのが、悔やまれるところだろう。

ともあれ、以前の記事に書いた全国制覇に向け、まずは幸先のよいスタートを切った。
次の対戦相手がどこになるかは分からないが、どこがきても、いい勝負ができそうな気がする。

予定通りに事が進めば、8月22日の決勝戦。
その舞台に、明訓の姿があるはずだ。
そこには間違いなく、水島新司氏(ドカベンの作者)の姿も見られるだろう(決勝に進んだら、間違いなく応援席に姿を見せるはず)。

あと4試合、どのような試合を展開するのだろうか。
実に楽しみである。

posted by たいにー at 23:29 | Comment(4) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年07月30日

その瞬間、誰もが『おかしい』と思った柔道・海老沼−チョ戦、審判の紆余曲折

それは一つの判定取り消しから始まった

ロンドン五輪、柔道男子66kg級・準々決勝、海老沼匡(日本)−チョ・ジュンホ(韓国)戦。
テレビで観戦していた方も多いだろう。
そして、私もその一人。

途中、チョに攻め込まれる場面も何度かあったが、総合的には互角の試合展開。
双方とも決定打なく、ゴールデンスコア方式(どちらかが先にポイントを奪った時点で勝負を決する方法)の延長戦に突入。

1分過ぎ、海老沼の小内刈りで、チョが横向きに倒れた。
主審はこれを有効と判定。
判定された海老沼も、当然、そこで競技を終える。勝負は決したのだから。

ところが、最終的に小内刈りの有効は取り消され、試合は続行。
これが混乱の始まりだった。

結局そのまま、試合は終了。勝負は旗判定に持ち越されることに。
大勢の見方では、

『有効ともとれる小内刈りを見せた海老沼に分がある』

だったに違いない。私もそう思った。
受けた指導の数も同じ。二人とも攻撃姿勢については遜色なかっただけに、先の『幻の有効』が決定的な差になると、誰もが感じたはずなのだ。

ところが、主審と副審の旗は、三本が三本とも青(チョ)に軍配を上げる結果に。

喜ぶチョ、そして韓国陣営。
呆然と立ち尽くす海老沼と日本陣営。
篠原監督は怒りの形相で大声を張り上げる。

そしてその声を掻き消したのが、会場内に轟く大ブーイング。
日本人だけのブーイングならともかく、このときは明らかに会場全体を覆いつくすほどの大きなどよめきが起こっていた。つまり、日本人による身内びいきの抗議だけではなかったということだ。

すると今度は、審判長が主審と副審を呼びつけ、何事か耳打ち。
短時間の競技の末、所定の位置に戻った審判は、再度旗判定をすることに。
すると今度は、三本が三本とも白(海老沼)に上がるという完全真逆の判定。

なんなんだ、この展開は。
今度は、抗議も何もなく(というよりは抗議をさせる間もなく)両者が握手を交わし、試合は決着した。

最終決定権を持たない主審・副審の存在意義

バルコス審判長は、その後のインタビューで、

「判定が間違っていると考えた、変えるのが義務だと感じた」

と述べている。一部報道でも取り上げられているが、審判に要請したのは『旗判定のやり直し』ではなく『判定の変更(=海老沼の勝利確定)』だったという。つまり、審判長が最終的な審判を下しているということだ。

本来、あるべき判定に戻ったと言えば聞こえはいいが、こうも簡単に覆ってよいものか。実際、今大会の柔道の試合は、主審が下した判定が、副審の意義、あるいは沢田研二……じゃなかった、ジュリー(審判委員)によるビデオ判定によって、変更を余儀なくされるというシーンが、何度となく出ている。このままでは主審や副審の存在意義が問われかねない。

もちろん、正しい審判が下されるのは大変に結構なこと。
このビデオ判定が導入されるきっかけになった、2000年シドニー五輪における篠原−ドイエ戦のような悲劇(誤審)を考えれば、あるべき公正なシステムともいえる。

ただ、説明は必要なんじゃないか?
密談で相談するのはかまわないが、最終的には大相撲のように、きちんとどういった判定の疑惑があり、最終的にどういった理由でどのような判断が下されたのかを、きちんと競技者、ならびに観衆に説明すべきである。

もう一つ。
主審と副審が、最初の判定で全員チョを優勢と判断した理由が知りたい。
三人とも同じ判断を下したからには、何かしら決定的な理由があったはずなのだ。
見えにくい部分での攻防。
一つ一つの技の精度。
あるいは、見えない力、あるいは圧力……。

両者銅メダル獲得で、とりあえず最悪の事態は回避?

当然ながら、この騒動で割を食ったのは、当の競技者である。
二転三転した判定は、チョはもちろんのこと、結果的に勝った海老沼ですら、釈然としないものがあるだろう。オリンピックという最高の舞台で繰り広げられる最高の技術、今回の審判が、それらを裁く『最高の審判』であったとは、到底思えない。

もう一つケチをつけさせていただくなら。
何も(ただでさえ遺恨の生じがちな)日韓選手の戦いで、こんなに面倒なトラブルを起こさなくても……という気がしてならない。

なお、海老沼に敗れたチョは、最終的に敗者復活戦で勝利し、海老沼同様、銅メダルを獲得した。その経緯はともかく、結果だけ見れば、両国に残る禍根は最小限にとどめられたのかもしれない。

オリンピックは、皆に感動と希望を与えてくれる場であるはず。
その晴れ舞台で、競技者のみならず、観戦者をも落胆させるような展開は、是非とも避けてほしいもの。

日本人が勝つかどうかは二の次として。
強い人がきちんと評価されるルール、そして柔道であってほしいものである。

posted by たいにー at 12:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年07月27日

ロンドン五輪・サッカーは男女とも好発進。スペインを破った男子は『グラスゴーの覚醒』?

ロンドンオリンピックの開会式が、いよいよ目前に迫ってきた。
その開会式を前に、一足お先にサッカーの予選リーグが始まっている。

ワールドカップ制覇に続き、金メダルが期待される女子サッカー・なでしこジャパン。
初戦となるカナダ戦を2-1で破り、幸先の良いスタートを切った。

そして男子。
初戦の相手は、世界ランキング1位、前回ワールドカップ(南アフリカ大会)優勝、今回のロンドンオリンピックにおいても、優勝候補に数えられていたスペイン。
敗北を覚悟しつつも、なんとか勝ち点1をとれれば……というチンケな願いを一蹴。
なんと日本が、1-0で勝利をおさめた。

エライ!
よくやった!

日本が無敵艦隊・スペインを倒す日が来ようとは。
長生きはするもんである。

確かに、早い段階でスペインが退場者を出したことは大きかった。
度重なるシュートミスで、再三の決定機を逃したことも否めない。
怪我人が続出したことも、不安材料としては決して小さくない。

それでも、本大会では『勝った』こと、これがすべてだ。
永井はよく走った。
清武のテクニックも光っていた。
そして何より、オーバーエイジ枠での参加となった吉田麻也、徳永悠平のカバー、チェック、そして安定感は抜きん出ていたと思う。

ただ、大金星をあげたとはいえ、油断は禁物。
1996年のアトランタ五輪では、世に言う『マイアミの奇跡』と呼ばれた、ブラジルに対して初勝利を挙げるという快挙を成し遂げたにもかかわらず、結果的には得失点差で予選通過はかなわなかった。

今の日本は、もう世界のどのチームを相手にしても、対等に渡り合えるだけの試合運びができるようになった。
スペイン相手の勝利は確かに画期的だが、それはもう『奇跡』ではない。
この勝ちをきっかけに、日本は世界への扉を開けたのだ。
それは言わば、『グラスゴーの覚醒』ではなかろうか。

……大げさ?

posted by たいにー at 01:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年07月26日

新潟明訓、2年ぶり7度目の夏の甲子園出場を決める

夏の全国高校野球・新潟県大会。
新潟明訓が中越を破り、2年ぶり7度目の夏の甲子園出場を決めた。
……って、タイトルどおりやんけ。

新潟明訓の県予選の成績は、以下の通り。

対戦カード 備考
1回戦:
(シード)
2回戦: 新潟明訓 5-4 新津 (サヨナラ)
3回戦: 新潟明訓 4-0 吉田
4回戦: 新潟明訓 10-0 長岡向陵 (5回コールド)
準々決勝: 新潟明訓 11-1 村上 (6回コールド)
準決勝: 新潟明訓 9-0 十日町 (7回コールド)
決勝: 新潟明訓 5-2 中越

予選の内容は、逐一チェックはしていたが、やはり最もハラハラさせられたのは、初戦となった対新津戦。最終回まで1点ビハインドという絶体絶命の展開で、最後の最後にひっくり返してのサヨナラ勝ち。佐藤監督をして、

「野球の神様が最後に味方をしてくれたのかな」

と言わしめたほど、奇跡的なものを感じさせた勝利だった。
その後は尻上がりに調子を上げ、危なげなく県代表の切符を勝ち取った。

奇しくも先日、新潟明訓・佐藤和也監督が今期限りの退任を表明したばかり。
30年以上(後日註:1984年に監督就任しているので、30年『近く』の間違いです)に渡って指揮をとり、着実に実績を積み重ねてきた明訓の足跡は、この名将なくしては語れない。今でこそしっかりとしたグラウンドが校舎に併設されているが、甲子園初出場を決めた1990年代は、専用グラウンドが学校からかなり遠いところにあった(5kmくらいはあったんじゃなかろうか)。決して恵まれた環境とはいえない中で、よくぞここまで……という感は強い。

個人的には『文明時代』の一翼を担う日本文理が4回戦(対巻戦)で姿を消したのがビックリだった。決勝で敗れた中越も、安定した打線と投手力で勝ちあがってきていたが、最後は明訓の底力と、佐藤監督の神通力(?)に兜を脱いだ格好か。

それにしても、だ。
過去21年で7度の甲子園出場(初出場が21年前)。
明訓も気がつけば、すっかり甲子園出場の常連になってしまったものである。

磐石の戦いで甲子園出場を決め、
今期限りの監督が有終の美を飾る。

もちろん、全国大会でも優勝するはずである。
そして、真紅の大優勝旗が、初めて新潟の地に降り立つのだ。
私は、信じているぞ。

posted by たいにー at 09:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年06月13日

プレイは最高、ジャッジは最悪、評価に悩むW杯最終予選・日本−オーストラリア戦

いや〜、久々に(いろんな意味で)凄い試合を見た。
引き分けで終わったからいいようなものの、あれで敗戦を喫していたなら、昨晩は悶々として眠りにつくことすらおぼつかなかったに違いない。

私はお互いのチームの力勝負による勝敗は(悔しいこともあるけれど)結果として受け止めるべきだと思っている。そこから学ぶこともあるから。だが、審判の不可解な裁定が加味された試合は、どーしても納得がいかない。判定機関は絶対組織で、自浄能力はほぼ期待できないから。

ニュース記事などでも『大荒れの試合』という見出しが躍っているが、別に試合自体はまったく荒れていない。荒れていたのは、会場のピッチコンディションと、審判のジャッジだ。

今回の日豪戦を果敢に演出してくれたのが、カリル・アル・ガムディ主審(サウジアラビア出身)。

両チーム合わせて7枚のイエローカード、2人のレッドカード(退場処分)、終了間際のロスタイムでは、とフリーキックのセッティングが終わって最後の攻撃というタイミングで、まさかのホイッスル。最後の最後まで会場を混乱に陥れた。

内田のイエロー(結果的にPK失点)などは、直前にオーストラリア(ホーム)の選手を退場にしてしまった後ろめたさもあって、ハナから日本の誰かにファウルを与えてPKをお膳立てし、地元の怒りを鎮めようと企んでいたとしか思えない。オジェック(豪監督)が内田の反則を否定してくれたのが、せめてもの救いか。

試合の主導権は、日本でもオーストラリアでもなく、ずっと彼の手中にあったのだ。まさに「ずっとオレのターン!」状態。レアカード乱発がその証明だ。それでも、最後までクリーンに戦ってくれた両チームの選手は、賞賛に値する。両軍の選手が(審判に対する)過激なコメントを出していないことにもホッとした。結果的に引き分けで終わり、変な遺恨が残らなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。

それにしてもこの主審、実はカードのたたき売りをすることで有名。前回アジアカップ準決勝・日本−韓国戦(2011年1月25日)でも、計6枚のカードを乱舞させている(結果は2-2、PKで日本勝利)。まさにカード無双の申し子だ。

あーゆー、絶対的なジャッジのできない審判はイカン。
いや、まあ、彼の中では絶対なのかもしれないけれど。
もう少し『ぐろーばるすたんだーど』を学ぶべきだし、FIFAやAFCもそのように指導するべきだ。主審によってカードの数が明らかに増減するのは、明らかに公正判定に反するし、カード累積による出場停止ルールがある以上、一つの試合における偏った判定が、ひいては大きな影響を及ぼすこともあるからだ。

とはいうものの、日本代表はよくやった。
これだけは間違いない。
劣勢に次ぐ劣勢で、なんども失点のピンチに見舞われたが、至るところで光る守備が垣間見えた(幸運もあったけどね)。とりわけ、攻守に献身的な動きを見せた本田には、拍手を贈りたい。

引き分けにこそ終わったものの、同組最大のライバル、オーストラリアを相手に、それもアウェーでの引き分けは、勝ちにも等しい価値があるだろう。

ただし、今回もらった大量イエローカードの影響で、次戦ではDF3名を出場停止で欠く事態を余儀なくされる。これが痛い。勝ち点1をもぎ取ったとはいえ、その代償は決して小さくはない。

次戦はちょっと間が空いて9月11日(!)、ホームでのイラク戦。
監督は、元日本代表監督・ジーコ。

もちろん、、まったく心配していない。
あの頃の日本と今の日本は、完全にレベルが違う。
次のイラク戦は、それをジーコに思い知らせてやる試合なのだ。

最終予選は、残り5戦(うちホームで2戦)。
勝ち点差で2位以下を大きく引き離すなど、圧倒的に優位な立場ではあるが、これに気を緩めず、アジア覇者としての気概を持って、W杯出場の切符を勝ち取って欲しい。

そして願わくば、今後の国際試合で、この審判には、二度と遭遇したくないものだ。
posted by たいにー at 12:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年05月18日

輝くな! たいにーの記憶に残る、プロ野球・ダメ助っ人外国人選手権

昨日掲載した動静っ中年で、ペニー(元ソフトバンク)というダメ助っ人外国人の話題を取り上げた。
その際、脳裏を過ぎったのは、これまでにも現れては消えていった、多くのプロ野球助っ人外国人の皆さん。

いずれ劣らぬメジャーでの実績を引っさげ、日本人の最高年俸選手に匹敵する金額の給料で来日したプレイヤーたち(そうでない人も多いけど)。下馬評どおりの活躍を見せてくれる選手がいる一方で、給料泥棒以外の何者でもない数字しか残せず、とっととアメリカに帰っていった選手も少なくない。

ここではそんな、『ペニーに勝るとも劣らぬ』ダメッぷりを見せつけて日本をあとにした、私の記憶に残る、愛すべき助っ人外国人たちをご紹介しよう。

グリーンウェル(1997年:阪神)

通算打率が三割を超える現役メジャーの巧打者として、1997年に阪神入団。当時の球団史上最高額となる3億円という年俸や、7文字もある長い名前が表示しきれないために電光掲示板を改修したことなどからも、球団やファンの期待は大きかった。

しかし開幕前のキャンプ中に背筋痛を理由に一時帰国。4月下旬に再来日し、デビュー直後は活躍。ところがデビュー8日後の巨人戦で左足甲に自打球を当てて骨折。「足のけがは野球をやめろという神のお告げだ」と説明した彼は、そのまま現役を引退。ほどなく帰国してしまった。阪神ファンからは『史上最悪の詐欺師』と呼ばれ、特に忌み嫌われている。

阪神での通算成績は、7試合に出場、26打数6安打、打率.231、本塁打0、打点5。

ディアー(1994年:阪神)

メジャー通算10年で226本塁打という実績を引っさげ、右の超大砲として阪神入り。そのパワーはキャンプ中から炸裂し、キャンプ地・安芸市民球場には急遽、レフト後方に高さ約20メートルの『ディアーネット』が取り付けられたほど。

ところがシーズンが開幕すると量産されたのは本塁打ではなく三振の山。打率だったらよかったのに、と思わせる約4割の三振率に『(年俸)2億7千万円の大型扇風機』という異名までつく始末。特にナイターで打てなかったため、鳥目なのではないかと噂されたが、その真偽を確かめる間もなく、8月に右手親指じん帯断裂で帰国、そのまま引退となった。

阪神での通算成績は、70試合に出場、192打数29安打、打率.151、本塁打8、打点21(三振76)。

ディステファーノ(1990年:中日)

打撃も性格も荒いことで知られる暴れん坊。その粗暴さは中日の第一次星野政権の中でも群を抜いており、オープン戦で死球を受けて暴力行為で退場するという、前代未聞の事態に。

その後も成績は振るわなかったものの、星野軍団の乱闘戦力として、(問題の当事者でもないのに)一人だけ退場処分を食らったり、乱闘していないのに主審から間違えて退場処分を宣告されたり、野球『以外』の部分で大活躍。

退団直前の試合で球場設備を破壊し、罰金を請求されるも、解雇されて踏み倒したまま帰国。個人的には一番記憶に残っているダメ助っ人。

中日での通算成績は、56試合に出場、181打数39安打、打率.215、本塁打5、打点14。

ミセリ(2005年:巨人)

メジャー通算579試合登板の実績を引っさげ、巨人でクローザーとしての活躍を期待された投手。開幕戦の9回、1点リードという場面で初登板するも、相手打者に本塁打、内野安打、盗塁、本塁打と容赦ない攻撃を食らい、あっという間に逆転、敗戦投手に。

オープン戦のみならず、シーズンが開幕してもまったく調子の上がらないメジャーリーガーに、巨人首脳陣が「別人が来たかと思った」とこぼすほど、目立った投球を見せることはなく、右肩痛を訴えて退団することに。4月19日での解雇は、球団史上最速。退団後、ちゃっかり浅草観光を満喫してから帰国したことが話題となる。

年俸、約170万ドルは、金満球団・巨人にとっても、あまりに高い買い物であった(交渉の末、実際に支払った金額は約5,000万円で決着)。

巨人での通算成績は、4試合に登板し、0勝2敗0セーブ、防御率23.63(被本塁打3)。

ミッチェル(1995年:ダイエー)

メジャーで本塁打王やMVPの獲得実績がある強打者として、鳴り物入りでダイエーに入団。開幕戦で初打席満塁本塁打を放つなど、華々しいデビューを飾る。

しかしその後、病気療養のために無断帰国。8月に再来日するも、すぐに2度目の無断帰国をしたため、球団は同月付けで解雇。推定年俸4億円以上という高額オファーとその名前から、マーガレット・ミッチェル作『風と共に去りぬ』ならぬ『金と共に去りぬ』と揶揄された。

高額報酬の割にとっとと退団した経緯や、同じホークスの助っ人外国人であるという境遇から、ペニーの比較対象として槍玉にあがっている。

ダイエーでの通算成績は、37試合に出場、130打数39安打、打率.300、本塁打8、打点28。

ペピトーン(1973年:ヤクルト)

堅守とパワーヒッターを売りにヤクルトへ入団。序盤こそ期待に応えたが、シーズン途中で夫人との離婚裁判のために無断帰国。再来日した10日後にアキレス腱を痛めたとして勝手にシーズンを終幕させ、治療のために再び無断帰国する。

その後も仮病で練習をさぼるなど、放蕩三昧。2シーズン目に入り、オープン戦が始まっても来日しないなど、無頼の限りを尽くしたことに業を煮やし、3月20日づけで解雇。

当時、『日本球界史上最悪の外国人助っ人』という肩書きが災いしたのか、帰国後も選手として復帰することは叶わず、薬物、暴行、飲酒運転などの不祥事を繰り返して世間を騒がせた。メジャーリーグでも、日本でプレイする野球選手のあり方を考えさせるきっかけとなった選手だった。

ヤクルトでの通算成績は、14試合に出場、43打数7安打、打率.163、本塁打1、打点2。

当たるも八卦、当たらぬも八卦の助っ人外国人

……とまあ、いずれ劣らぬ猛者ぞろい。

文中でも触れたが、単純に『活躍できない』『とっとと帰った』というダメ外国人の定番からはるかに逸脱したディステファーノの印象は、私の中で非常に色濃い。中日の助っ人外国人は、他球団に比べて比較的当たりが多いということも、彼の存在感を強めている要因かもしれない。

毎年、巨人の海外スカウトは見る目がないなあと思っていたが、ことハズレ外国人を引くことに関しては、阪神スカウトの方が一枚上を行く。そう考えると、よくマートンと(西武で結果の出なかった)ブラゼルを引っ張ってきたなあ。

やっぱり、スカウトって重要よね。

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2011年03月29日

サッカー・東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチが与えてくれたもの

涙が出た。

闘莉王のポストプレイから前線へ流れたボール。
その先へ駆け込んだのは
キング・カズこと、三浦知良。

カズのシュートが、代表GK・東口の脇を抜ける。
その先には、ゴールネット。
フィールドの終端部がふわりと揺れた瞬間。
会場は大歓声に包まれた。

そして、涙が出た。

サッカーは、勝利を目指して戦うチームスポーツである。
我々サポーターも、常に応援するチームの勝利を願い、試合を観戦してきた。

だが、今回の試合は、どうだっただろう?
同じ日本を代表するトップ選手同士による戦いということがあったにせよ。
皆がこの試合に望んだのは、勝利を超越した、その先の『何か』。

そして、その『何か』が伝わってくる、そんな試合だった。

「遠藤が、岡崎が、勇気を与えるゴールをあげた」
「日本代表が、実力どおりの結果を出した」
「KING KAZU、さすがは役者だ」

それらは間違いないと思う。
ただ、これらの言葉を持ってしても言い尽くせない感動が、この試合にはあった。

私は、ただの一サッカーファンという立場で、試合を観戦させていただいたに過ぎない。
この試合のために、代表選手、Jリーグ選抜選手、日本サッカー協会、そしてそれぞれの選手を快く送り出してくれたクラブチーム、スタジアムに詰め掛けたサポーター……etc,etc.

さまざまな方々の尽力があって、感動は生まれた。
願わくば、この感動と思いと勇気。
それらが、ほんの少しでも、被災で苦しむ方々の心に届きますように。

協力してくださった、すべての方々に。
素晴らしい試合を、ありがとう。

東北地方太平洋沖地震復興支援
チャリティーマッチ試合結果
日本代表 2 (2-0) 1 Jリーグ選抜
(0-1)
遠藤(前半15分)
岡崎(前半19分)
  得点   三浦(後半37分)
posted by たいにー at 22:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年03月10日

たいにー大空を舞う〜エアパークCOOでパラグライダー体験

今回も、ネタは共同購入クーポンもの。
これまでのクーポンが、すべて飲食関連であったが、今回は違う。

今回は、レジャー関連。
すなわち、パラグライダーだ。

風に乗り、大空を舞う。
雄大な空間が、私たちを待っている!

というわけで、今回お邪魔したのが、COO。
体験飛行もできる、パラグライダースクールである。

エアパークCOO
店名 エアパーク COO
ジャンル パラグライダースクール
内容 チャレンジコース(半日体験コース)
通常価格 5,000円
クーポン価格 1,980円
割引率 60%引き
条件等 要予約
保険料(500円/1日)が別途必要
店舗情報 公式サイト
購入サイト Qpon(キューポン)

チャレンジコースで、『浮く』感覚を味わう

では、今回のクーポン内容であるチャレンジコース(半日体験)へ、いざ。
といっても、いきなり大空を飛ぶわけにはいかない。
まずは紹介DVDを見て、なんとなくイメージを掴み、そののち、練習会場(山の中腹あたり)へ車で移動。緩やかな台地(スキー場でいうところの初心者コースのような傾斜地)で、パラグライダーの基本を学ぶ。

最初に、専用のスーツを着込む。
スキーウェアのようなものかと思いきや、コートの上からでも着られる大きさ。
靴も含めて、あまりきつめに着るようには作られていない様子。上空での動きを制限しないようにするためのようだ。

ヘルメットを装着し、ナリは準備万端。
お次は、パラグライダーの準備に取り掛かる。

パラグライダーの準備風景基本的にはインストラクターが主導的に準備してくれるが、参加者ができること(例えば、一度教えた手順など)は、なるべく参加者がやることになる。一見して面倒に感じるかもしれないが、パラグライダーを楽しむために必要な準備を理解するという点では、意味のある作業だ。

パラをスーツに装着したら、発信準備OK。
パラグライダーは『風を知ること』が何よりも重要。
インストラクターの指示を仰ぎ、GOサインが出たところで、いざ前へ!

パラグライダーで浮く直前

前へ走り出すと、自然とパラが開き、風圧を受ける。
と同時に、体が後ろに引っ張られる感覚。
これをこらえつつ、パラが頭上に来るように調整しながら、台地を駆け下りていく。

すると、斜めに下っていく地面に別れを告げるかのように、足はそのまま平行に前へ。
何かにぶら下がっているというよりは、重力の弱いブランコに乗ったような感じ。

時間にして数秒間。
私は『空中の人』となっていた。
今まさに、日常では味わうことのできない感覚が、全身を駆け抜けたのだ。

もちろん、これらはインストラクターの指示、および補助があっての話。
自分ひとりで浮く(飛べる)ようになるには、かなり経験を積まなければならない。

だが、この『浮いた』感覚は、あまりにも新鮮、かつ鮮烈な記憶として、私の脳裏と体に焼きつくこととなった。

タンデムフライトで夢の飛行体験へ

練習で感じた『浮く』感覚。
このまま終わってしまうのは、なんとももったいない。

そんなわけで、我々はオプションであるタンデムフライトをお願いすることにした。
チャレンジコースが、あくまで『浮遊体験』であるのに対し、タンデムフライトは、タンデムパイロット(インストラクター)とともに、高度500mの地点から飛び立つ『フライト』。
幸いにして、この日は天候にも恵まれ、空は雲ひとつないフライト日和。

チャレンジコースに悪戦苦闘した場所から、さらに車で山を登る。
やがて、一行は標高約500m地点に到着。

標高500mのタンデムフライト出発地点

普通なら、ただの『見晴らしのいい景色』だが、今回はそれだけでは終わらない。
ここから、パラグライダーで飛び立つのだ。

この地に立ったとき、人によっては、足がすくむかもしれない。
そのあたりをインストラクターの方に訊いてみると、

「でも、皆さん、ココまで来たら、覚悟を決めますよ」

そりゃそうか。
そもそも、高所恐怖症の人が、パラグライダーをやろうとは思わんだろうし。

事前に見たDVDの講習映像を思い出しつつ、インストラクターからさまざまなアドバイスを受ける。
飛び出し時の姿勢、空中での体制、着陸時の動作……などなど。

「では、行きましょうか!」

まるで鼓舞するかのように、威勢のよい声が飛ぶ。
渦巻く緊張感の中、促されるままにインストラクターの前に立ち、静かにそのときを待つ。

一陣の風が舞う。
『そのとき』は来た。

前傾姿勢になりながら、足場のなくなる方向へと駆け出す。
すぐにパラシュートが開き、ものすごい力で後ろへと押し戻される。
こらえつつも、前へ。
さらに前へ。

やがて、『駆け出す』感触が足元から消え。
気がつけば、私は大空の人となっていた。

夢に見た『飛んでるワタシ』が今

飛び出してしまえば、恐怖感は雲散霧消。
そこにあるのは、眼下に広がる大地と、目の前の果てしない青空、そしてその向こうの山々。
右の写真の下端に写っているのは、私のひざ。

『一人風船状態』とでも表現しておこうか(タンデムだから正確には二人だけど)。
どちらかというと、飛んでいるというよりは浮いている感じ。
さらに、風の影響をかなり受けるので、グライダーの浮き沈みも思っていたより激しい。
乗り物酔いしやすい人には、ちょっとツライかも。

ただ、ある程度は(インストラクターの指示の上で)自分で操縦できるのが楽しい。
旋回しながら、少しずつ高度を下げ、目標地点に向かってのフライト。
その過程は、古い話題で申し訳ないが、スーパーファミコンの初期作品『パイロットウイングス』(競技はハンググライダーだったかな?)を思い出させてくれる。
もちろん、吹き付ける寒風や、体を揺さぶる浮遊感は、空を舞ってみなければ味わえないもの。

タンデムフライト中に撮影

飛行中、カメラを構える(チェーンをつけた上でカメラを携帯することが認められている)のだが、不安定な上に、寒さで手がかじかむ。角度がやや斜めってるのは、ある種の臨場感であると受け取っていただければ、幸いだ。

タンデムフライト着陸直前タンデムフライト着陸

着陸は、文字通りソフトランディング。
(上の写真は、別の体験者の着陸状況)
「足が地面に着いたら、とにかく走って!」
という指示に素直に従い、とにかく走る。
止まると、前のめりに倒れてしまいそうで……。

時間にして、約8分間。
こうして、夢のような空中遊泳は、あっという間に終わってしまった。
私はもっと、飛んでいたかったぞ。

ネックは場所か

かように『非日常』を体験することのできる、パラグライダー。

とはいえ、どこでもそこでもできるものではないのは、ご想像の通り。
関東近郊でも体験できる箇所はあるものの、そこまでの移動となると、小旅行的な移動を余儀なくされる。
実際、この日の我々も、片道の移動には約2時間半を要している。

もっとも、『人里離れた場所』であれば、どこでもいいというものではないらしい。
着地するための開けた場所は必要になるし、その土地の使用権も無視するわけにはいかない。さらには風向きの読みにくい場所は不向きと、パラグライダーに適した場所を探すのは、簡単ではないらしい。

ただ、遠方まで足を伸ばした甲斐は、十二分にあった。

前述のような未体験感覚もさることながら、インストラクターの対応が素晴らしい。
客商売に向いているというか、相手(受講生)を見て、どう対応したらいいか、どこまで冗談が許されるかといった判断力に長けていた。しかも基本の指導は丁寧なので、空中飛行という危険を伴うものであっても、安心して身を委ねることができる。この信頼感は、パラグライダーにおいては、非常に重要な気がするのだ。

『このスクール(COO)なら、もう一度来てみたい』

そう思わせてくれる、楽しい場所、そして楽しい人々であった。

状況が許せば、ぜひ趣味にしたい

空を舞うパラグライダー場所は遠方。
一日作業。
講習やら道具やら、本格的に始めるなら、それなりに費用もかかる。

逆に言えば、お金と時間に余裕のある人にとっては、いい趣味である。
インストラクターの方が、こんなことを言っていた。

「パラグライダーの愛好者は皆、『なんちゃって気象予報士』なんですよ」

つまり、風や天候の変化を読むことに精通している、という意味である。
パラグライダーは、常に危険を伴うスポーツ。
だからこそ、周りに迷惑をかけないことを大前提に、いかに楽しめるか。それを追求していくと、自然と気象学なども、自分で勉強するようになるのだそうだ。

ますますもって、いい趣味である。
実際、この日スクールに詰めかけた方々は、多くが40代〜50代と見られる人。
確かに、節約志向の強い若者には、いろいろな意味でハードルが高いのかもしれないが……。

とはいえ、お金がかかるのは、初期装備と現地への移動。
思いのほか体力を必要としないので、高齢でも十分楽しめる。
歳をとって、いろいろ余裕が出てきたら、本格的に始めてみたい。
そんな気にさせられた体験であった。

皆さんも、機会があれば、是非『空の人』になってみてほしい。
もちろん『高所恐怖症でなければ』の話だが……。

posted by たいにー at 22:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年02月10日

正月太りを解消すべく、ダイエット大作戦開始・後編

正月太り解消と、慢性的な太り気味体重からの脱却を図るべく、一念発起した前編からの続きでござい。

運動量も増やす

食事だけでは、明確な変化がないかもしれない。
やるなら徹底的に。
ということで、運動面でもテコ入れすることに。

週一で通っているスポーツジムは、通常、一時間半程度で運動を終えるところを、30分延長。現在、五十肩のリハビリ中のため、あまりムリな運動はできないが、有酸素運動を中心に、長めの軽い負担がかかるような動きを徹底させる。

通勤にもひと工夫。
お約束ではあるが、一つ前の駅で降りて、一駅区間を歩く作戦に出た。
これによって、歩く距離(歩数)が、従来の8〜10倍ほどに。

元々、歩くのは慣れているし、寒い季節だからこそ、少し体を動かして会社に着くぐらいが、体を温める上でもちょうどよい。冬場の関東は、天気が崩れることがほとんどないのも、この施策には適している。

最近では、同じ駅間でも、回り道・遠回りなどを加えて、毎日少しずつ違ったルートを辿るようにしている。こうすることで、マンネリになりがちな朝の運動の『新鮮さ』を保つことができる。時間は余計にかかってしまうものの、距離(運動量)が増えるというメリットもある。

そのほか、入浴後のドライヤー使用時、歯みがき時など、洗面台で手と頭だけしか動かしていないようなときは、フラフープの動きを並行して取り入れている。いずれの場合も、頭を動かさないようにするので、結構気合いを入れてやる必要アリ。我ながら、涙ぐましい努力である。

体重計測は、『はかるだけダイエット』的手法で

一時期、ちょっとしたムーブメントを巻き起こした『はかるだけダイエット』。
その名の通り、日々、体重を定期的に量り、常に数値を頭に留めておくことで、無意識のうちに、体重増に繋がるような行動を抑制する手法である。

この『毎日の数値変化を確認する』という作業も、今回採用した。
ただし、本家の『はかるだけダイエット』では、朝と夜の二回、計測することになっているが、私は夜の一回のみ。
朝は準備で忙しかったりするので、割り切って夜だけの計測とした。

そして、記録方法は、紙ではなく、IS03を活用。
幸いにして、Android用の体重記録アプリがいくつかあったので、これを使うことに。

同様の機能を持つアプリを、三つ並行して使い続けているので、このあたりは、アプリの使用感を含め、別記事で後日、掲載する予定である。

そして、注目の体重変化は……

自分で言うのもナンだが、ここまで明確に『減量』を意識して、継続的に行動を起こしたのは初めて。
作戦を実行に移してから、約三週間。
まだ日数は浅いものの、少しずつでも数字として結果に表れなければ、涙が出ちゃう。

2月10日現在。
正月(1月2日)の時点から、体重は約5kg、減った。
これは、一ヶ月程度の期間においては、今までにない減量ペースである。

これだけ一気に減ると、恐ろしいのがリバウンド。
今のところ、生活体系を元に戻すつもりはないが、油断すると命取り。

『リバウンドを制するものがゲームを制する』

と言われるだけに、ゴール下は死守したいと思う。
シシュー!
すみません、『SLAM DUNK』の見すぎです。

今回は、できることをすべて詰め込んでいるため、具体的にどれが一番効果を挙げた要素なのかは、特定できない。
ただ、一つ言えることは……
やはり、食べ過ぎてたってことかしら?

posted by たいにー at 23:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

正月太りを解消すべく、ダイエット大作戦開始・前編

ここ数年、体重が高止まり

最近、ダイエットしはじめた。
動機は、正月太り。
……というのは、実は表向きの理由。

真の理由は、ここ数年、高めの体重値が、まったく下がらないから。

規則正しい生活。
バランスの取れた食事。
節度を持った飲酒。
そして、適度な運動。

すべて、ここ数年、徹底していることばかりだ。
それでも、体重は減らない。

元々、太りにくい体質だと自覚していたのだが、どうやらそれは、『一度太ると痩せにくい』ということの裏返しでもあったようだ。
普通のことをしていては、やせそうにないというのが、ここ数年で得た教訓。

じゃあ、やせるにはどうすればよいのか?
今回は、極端な方法をとることした。

すなわち『食事量を明解に減らす』ことである。

食事を徹底的に見直す

摂生しているにもかかわらず、痩せない。
その理由はなんなのか。
私は、一つの仮説を立ててみた。

「適度だと思っていた食事摂取量が、実は多すぎるのではないか」

いくらバランスが取れていたとしても、量が多すぎては、痩せなくて当たり前だからだ。

ただ、意識的に少し減らしてみたとしても、効果が出るかどうかは未知数。
食事量に起因しているのかどうか。その答えを出すには、行動指針を明確にする必要がある。

そこで、私は食事について、以下のような対策を講じることとした。

  • 朝食はいつもどおり(トースト+ヨーグルト程度)
  • 昼食は仕出し弁当をやめ、カップはるさめだけで済ませる
  • 夕食は努力レベルで減らすことに

つまり、劇的に変えたのは、昼食の部分。
日中、ほとんどがデスクワークで、席を離れることが少ないため、さほどエネルギーを補給しなくても、なんとかなるだろうという算段によるものだ。もちろん、途中で空腹になったとしても、間食の類は一切しない(元々あまり間食はしないのだけど)。

夕食は、いろいろな事情もあって、明確に減らすわけにはいかないので、努力目標として、意識的に食べる量を減らす、というレベルに落ち着けた。
もちろん、我が家の家訓である『野菜、海草、豆』を意識的に摂取する、遅くとも20時までには食事を済ませるなど、食事の摂り方にも気を配る。

準備は万全。
あとは、実践あるのみ。

食事制限の影響

最初の一週間は、問題なく過ぎ去った。
確かに、昼食後の空腹感は否めないが、耐えられないレベルではなさそうだ。
思ったよりも、無理なく続けられるかもしれない。

そう思い始めた、二週間目。
昼食後の空腹感が、クラスチェンジして襲い掛かってきた。
猛烈にお腹が空くのである。それも、かなり早い段階で。

ここで何かを食べてしまっては、元の木阿弥なので、ここはぐっとガマンの子。
水分系(水とかお茶とか)で、なんとか夕食までもたせようと、必死の努力が続く。

三週間目以降は、また落ち着きを取り戻した感あり。
総じていえることは、昼食の絶対量を激減させることは、かなり影響があり、慣れるまでには相当の時間と忍耐を要する、ということか(当たり前といえば当たり前だが)。

一方、夕食を減らすことについては、ほとんど抵抗なし。
もちろん、寝るときにお腹の虫が鳴る、なんてことは日常茶飯事。
だが、私はお腹が減っていても寝られる人なので、

「あー、おなかへったなー、ぐー……」

ってな感じで、さほど苦痛にはならなかった。
ここで何かを口にしては、すべてが水の泡。
翌朝の朝食を楽しみに、眠りにつくのである。

それにしても、こんなんでホントに痩せるのかしら?
その結論は、後編にて。

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2010年08月20日

ひっそりと新潟明訓トリビア(まめちしき)

新潟明訓が、残念ながら甲子園から姿を消した今。
もう昔の話だし、話題としては面白いと思うので、ひっそりと。

かつて、明訓の学生に、山田太郎がいた。

証拠となる物証もVTRもないが、いた。
なんせ小中高と同級生だったヤツなので、間違えようはずもない。

「あの明訓に、山田太郎が入学した」

というので、当時は超局所的に話題となったものである(今だったら、もっと大変なことになってそうだ)。

ただし、一つだけオチが。

彼は、野球部ではなく、陸上部所属だったのである。
ドカベンの風貌とは似ても似つかぬスラッとした体格で、いかにも陸上向き。
後年は良き友人関係を築いたものの、小学生低学年時、私をイジメたのは、コイツだ(登校拒否一歩手前まで進展し、大問題になりかけた)。

ちなみに、岩鬼正美はいない。
殿馬も里中もいない。
念のため。

元気にしてるかな、たろちゃん。

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胸を張れ! 明訓ナインが残したものは

「粘り強く戦い、かろうじて準決勝へコマを進めた」
「興南を破り、新潟県勢二年連続の決勝進出」
「好投手・一二三投手を打ち崩し、新潟県に初の優勝旗が!」

……などと、もうコメントは準備できていた。
あとはもう、優勝するだけだった。
こーゆー皮算用を勝手に始めるバカは、負けたときのフォローがしづらい。

新潟明訓 1-2 報徳学園

最少点差での惜敗。
さすがに中継放送を見ることはできなかったが、夕方・夜のスポーツニュースで、悔しい映像を何度となく目にすることになった。
第一試合の東海大相模・一二三投手が好投を見せ、さらに打線が爆発したこともあって、明訓−報徳戦の扱いは、比較的小さかったのが、残念といえば残念。

私は結局、三回戦(対西日本短大付戦)を見ただけで終わったわけだが、それでも、彼らの戦いぶりには十分に満足させていただいた。

甲子園に響き渡る校歌も聴けたし、私も歌った。

こしぢの華かしら雪か 純潔無垢の若人が
胸に燃えたつ向学の 一念凝ってひらきたる
わが学園に輝ける 自治の光ぞ北斗星

これだけ長いこと歌っていなくても、きちんと歌詞を覚えていたことが、そしていざ、テレビから聞こえてくる歌に合わせて、自分も歌えることが、嬉しかった。

ここで彼らの夏が終わってしまうのは残念だが、二年連続の新潟県勢ベスト8進出。
この功績は、数字以上に大きなものに感じられる。
言わば、昨年の日本文理・準優勝が、決してフロックではなかったことを、明訓ナインが証明して見せたような気がするのだ。

新潟県は、確実に野球弱小県から脱却した。
日本文理と新潟明訓を頂点とする『文明時代』の訪れは、まさにその夜明けなのかもしれない。

余談ではあるが、新潟明訓高校は(OBの私が言うのもナンだが)、県内ではトップクラスの進学校(のはず)。
当然、それなりの学業成績がないと、入学することは適わない。
ただし、近年、明訓はスポーツにも力を入れており、スポーツ推薦枠が存在。野球のみならず、各種競技において、目覚しい活躍を遂げれば、入学の道は開かれるようになっている。

私立なので、遠方からの通学も(その気になれば)可能。
私が現役のときは、三条や長岡、新発田などから毎朝通学していた学生もいたものだ。
大変そうではあったものの、そういった学生は、根性を持っていた。
厳しい環境は、確実に人を強くする。

志ある若人たちよ。
ぜひその精神と技術を磨き、明日の明訓を背負って立ってほしい。

そしていつの日か、真紅の大優勝旗を、新潟の地に!

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2010年08月16日

夏の全国高校野球、新潟明訓ベスト8進出は偶然の産物か

我がふるさと、新潟県代表の新潟明訓が、西日本短大付(福岡)に1-0で勝利し、見事ベスト8へと駒を進めた。

実は、初戦(二回戦、対京都外大西戦)は観ることができず、実家の父親から、
「せっかく勝ったのになぜ観ない」
「いい試合だったぞ」
と、電話でほろ酔い気分のマシンガントーク炸裂攻撃を受けた。

その反省(?)もあって、今回はしっかりとテレビ観戦。
最終回の(西日本短大付攻撃)無死一、三塁は、観ていて生きた心地がしなかったが、試合終了の瞬間は、思わず手を叩いて喜んでしまった。
地元びいき、ここに極まれり。

新潟明訓って、あの明訓?

明訓といえば、ご存知の方も多いであろう、水島新司原作『ドカベン』に登場するアノ明訓。
新潟明訓は、まさにドカベン・明訓高校のモデルとなった学校だ。

水島先生は、新潟明訓のOBではない。
ご本人は新潟明訓への進学を希望していたが、家庭の事情で叶わなかった。そのため、憧れの気持ちを漫画の中で具現化した、というのは有名な話(水島先生は、当時、新潟明訓の隣にあった白新中学の出身)。

新潟明訓は、1991年に甲子園初出場。
漏れ聞くところによると、喜んだ水島先生が、多額の寄付金を提供してくださった、なんてエピソードも。

あれから約20年。
新潟明訓は、6度目の全国大会に臨むほどの強豪校となり、日本文理高とともに『文明時代』と呼ばれる、県内二強体制を築きつつある。

長く続いた『出れば負け』の新潟県勢・厳冬時代

高校野球の新潟県代表は、これまで芳しい成績をほとんど残していない。

数年前までは、まるでオリンピックのごとく、『出場することに意義がある』と言われるほど、まるで勝てなかった。
初戦であたる他県の代表は『安全牌』とほくそ笑み、その地元も楽勝と高をくくったほど。一例を挙げれば、1985年〜1992年までは、8年連続一回戦敗退という、不名誉な結果を残している。

しかし、ここ数年、新潟県代表の成績は、少しずつ向上している。
その際たる結果が、昨夏、大接戦の末に準優勝となった日本文理。
それまでベスト4にすら残ったことのなかった新潟県勢が、初めて決勝進出を成し遂げるという快挙は、地元を大いに沸かせた。

そしてまた今年、新潟明訓が、ベスト8に進出。
今年のチームは投手力・守備力・攻撃力と、すべてのバランスがとれており、非常に安定感を感じる。準々決勝の対戦相手は、現時点では決まっていないものの、さらなる躍進が期待できるチームだ。

しかし、ここにきて突然、新潟県勢が上位に進出し始めたのはなぜだ?
たまたまの偶然が重なっただけなのか、あるいは……。

根付きつつある、アルビレックス文化

さすがに(新潟県勢が)磐石の実力を身につけたと断ずるには、まだ実績が少ない。
だが、それでも近年の活躍ぶりの理由を探すとすれば、私はサッカーJリーグ・アルビレックス新潟の存在が大きいのではないかと思う。

それまで、新潟県にはプロスポーツチームが何もなかった。
そもそもスポーツ後進県のイメージが強く、野球やサッカーといったメジャースポーツはおろか、十八番と思われそうなウインタースポーツですら、群を抜くような存在感を示すには至っていない。

その中で、突如として現れたアルビレックス新潟。
民間、自治体を問わず、新潟県民すべてがアルビレックスを応援し、サポートした。その結果、新潟の主催試合はサポーターが埋め尽くし、今では浦和に匹敵するほどの応援熱を見せるにまで成長。

この『スポーツに力を入れる』精神が、少しずつ、いろいろな方面に波及しているのではないかと考えるのは、邪推が過ぎるだろうか。
アルビレックスがJ1に定着し、ときには上位戦線に食い込む活躍を見せるようになったタイミングは、高校野球の上位進出にシンクロしているような気がするのだ。

人材を、チームを、そして県全体のレベルを高めるには、時間がかかる。
だが、アルビレックスが活躍することによって生まれた喜び、楽しさ、興奮……そういった、新潟県民がいままで味わったことのない体験がもたらされているのだとしたら、スポーツだけでなく、さまざまな波及効果が期待できそうな気がする。

で、この記事の主題は

……とまあ、高校野球における新潟県勢の隆盛を、理論的につづってはみたものの。
本記事の主題は、新潟県出身者の郷土愛。
……とともに、筆者自身が新潟明訓出身でもあるわけで。

つまるところ、

「ガンバレ母校」

これが言いたかっただけである。

ぜひともがんばって、日本文理がなし得なかった甲子園優勝を!
『優勝』の二文字を意識できるようになったことが、新潟県出身者としては、嬉しくてしかたがない。
でも、寄付金の提供は、期待しないでね(ダメなOB)。

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2009年07月09日

しいたけ汁でLDLコレステロールと戦う(2)〜一年間実践してみての数値は果たして

昨年5月に受診した健康診断で、LDLコレステロールの値が高いことが判明。
緊急対策として『干ししいたけのだし汁』摂取を敢行。味噌汁にして三ヶ月間飲み続け、その結果、LDLの値が30ほど下がり、医師からもお褒めの言葉をいただいた。

……ここまでが、前回『しいたけ汁でLDLコレステロールと戦う』で掲載した内容のあらすじだ。

時は流れ、2009年7月。
今年も健康診断の季節がやってきた。

注目どころは唯一つ。

『LDLコレステロールの値がまた高くなってはいないか?』

これに尽きる。
三ヶ月間で成果を出した『しいたけ汁作戦』(干ししいたけのダシを入れた味噌汁を毎晩摂取する)を、この一年間、継続実践していた。
さすがに365日毎日、というわけにはいかないが、家で食事をとる日のほとんどで、干ししいたけ味噌汁を飲んだ。日数にして、週に4日以上、年間で200日以上は飲んでいると思う。

もしもLDLの値が戻ったとしたら、この作戦の意義が根幹から崩壊することになる。
それこそが、一番恐れる事態だ。

この一年、食生活もバランスを重視した。
ウォーキングなど、有酸素運動も積極的に採り入れた。
二ヶ月前からはコアリズムも始め、夏に近づくに連れて、噴き出す汗の量も増した。

『たまに』ビールを飲みすぎる以外は、体に悪いことはしていないはずだ。

7月某日、私は自信を持って健康診断を受診。
即日、結果が提示された。

診断結果

 2009年2008年2007年
総コレステロール値(基準値140〜219mg/dl)205249208
HDLコレステロール値(基準値40mg/dl以上)475044
LDLコレステロール値(基準値60〜139mg/dl)133169-
中性脂肪(基準値149mg/dl以下)12391153

#赤字表示は基準値から外れた注意項目
#ただし、2007年以前はコレステロール値の算出方法が異なる

LDLコレステロールは、見事に基準値をクリア。
二年前はB判定、昨年(再検査前)はC判定だった数値が、晴れのA判定をいただくまでになった。
うそのように改善ぶり。ブラボーというほかない結果だ。

ちなみに昨年の再検査時におけるLDL値は140強だったはずなので、そこからさらに下がったことになる。一年間、継続して努力してきたことが、無駄ではなかったと証明された瞬間だ。

結論。
干ししいたけはLDLコレステロール対策に効く!

ただし、効果には個人差があります。
お約束ってことで、一つ。

でもでも、コレステロール値でお悩みの方は、試してみる価値、大アリだ。
以前にも増してオススメしたい。
それくらい、説得力のある数値だと思うので。

それにしても……
値がリバウンドしてなくて、ホントよかった〜。

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2009年03月24日

天晴サムライジャパン! WBC二連覇の快挙

いつもならあまりノリだけで記事を書く気にはなれないのだが、今日ばかりは書かせてほしい。

WBC、サムライジャパンが優勝!
見事に日本が二連覇を達成!

ハッキリ言って、ゲーム内容は褒められたものではなかったと思う。
相変わらず拙攻は目立ったし、ピッチャーも四球からピンチを広げることが多かった。

チームの要となるはずのイチローは調子が上がらず、同じくエースの一角を担うべきダルビッシュは好不調の波が激しかった。

それでも今日だけは言える。

「勝ったからよいのだ!」

今日ほど『何よりも勝つことが至上命題』だったことは無いんじゃなかろうか。
内容は二の次。
泥臭い試合でもいい。
明日につなげる必要はない。
とにかく勝つことが最優先。

そしてサムライたちは、見事に勝った。
ささやかながら、私もデザートを買ってきてお祝いしよう。

松蔵ポテトの箱松蔵ポテトのワッフル

松蔵ポテトのワッフルで、日本の活躍を称えたい。
でも美味しくいただくのは私。

とにかく今は喜びたい。
世界で唯一、日本人しか味わえない、この幸せな気持ちを噛み締めたい。

おめでとう!
そして、ありがとう!

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2009年02月06日

しいたけ汁でLDLコレステロールと戦う

ことの発端は今年の5月末。
このブログが開始される数ヶ月前に遡る。

健康診断を受診した。
特にどこといって異常はなかった。

唯一、LDLコレステロールの値を除いては。

俗に言う『悪玉コレステロール』というヤツである。
健康診断の結果説明の際に、先生からこう言われた。

「ちょっと値が大きいですね」
「生活が不規則だったりしませんか?」
「食事はきちんと摂られてますか?」
「生活をちょっと見直していただいて、三ヵ月くらい経ったらもう一度来てください」
「この値は個人差があるので、元々高い人もいるんですよ」
「三ヶ月経てば、生来のものなのか生活体系で改善され得るものなのかが分かりますので」

コレステロールというと、一般的には負の要素という認識が強い。
あまり低すぎると死亡率が高まるなどと言われているが、どちらかというと過剰な値に頭を悩ませる人の方が、割合的には多いはずだ。
とりわけLDLコレステロールは、値が高いと心筋梗塞、狭心症などの虚血性心疾患や、脳梗塞などの脳血管障害、動脈瘤などの発生する確率が増すと言われており、ひとことで言えば『危険』なのだ。

これは改善せねばならん。
再検査予定の8月末に向け、私が生活に採り入れたテコ入れ策は、次の通り。

  • お酒の量をなんとなく減らした
    (ビール350ml缶を週5缶くらいから、週2〜3缶くらいに)
  • 週末の運動量を増やした
    (長距離散歩を始めたのはこの頃から)
また、食事においては、
  • 海草(もずく等)を週2〜3回は食べるようにした
  • LDLコレステロール値の高い食品はなるべく回避
    (魚卵、卵黄など。たらこ・明太子大スキーなのだが……)
  • 肉食を減らし、魚食をなるべく増やした
    (スーパーで魚を安く売っていたら積極的に購入する、など)
  • 干ししいたけでダシをとった味噌汁を毎食摂った
この中で特に徹底したのは、しいたけ味噌汁。
他の三つは、徹底しすぎると弊害も大きくなりがち(食費がかさむ、飽きるなど)。その点、味噌汁なら毎日飲んでも違和感ないし、メニューを自然に和食に誘導するようになる。
実のところ、それまでは我が家で味噌汁なんてほとんど作っていなかったのだが……。

これらを継続して三ヶ月が経過。
8月某日、同じ病院で再検査に臨んだ。

出てきた値と前回検査の値を見比べながら、先生が質問を投げかけてくる。

「この三ヶ月間、何かされましたか?」
「えーと、生活をかくかくしかじか。食事も上に書いたような感じでしかじか……」
「そうですか」

先生は意味ありげにうなずいた。
一人で納得したような感じである。
頼むからその続きを聞かせてクレヨン。
私の願いを察したかのように、先生は静かに告げた。

「(LDLの値が)結構下がってますね」

まずはホッと一安心。
実際の値を見せてもらうと、下がったのはたったの20程度。しかもまだ安全圏内に達した値ではない。
正常値に戻ったと思ったので、やや落胆しつつ、私は訊いてみた。

「あのー、LDLの値を下げるのって難しいんですか?」
「ハイ」

先生は即答しつつ、こう続けた。

「これだけの値を下げるのは、容易ではないです。
 おそらくこの三ヶ月間、相当努力されたのでしょう。
 よく頑張りましたね」

病院で褒められたのは生まれて初めてだ。
なんとなくちょっと嬉しくなる。

無論、LDL値を下げる努力は今後も必要だが、今の生活習慣を続けていれば、正常値に戻るのは時間の問題とのこと。

当事者としては、そんなに歯を食いしばるほど努力したつもりはないし、どの対策が一番効果的だったのかは分からない。

だが、無理せず続けることを考えれば、一番オススメしたいのはしいたけ味噌汁だ。
朝の出掛け時、一定量の水に干ししいたけをつけて戻し、帰宅後にそのダシ汁で味噌汁を作る。ダシをとったしいたけはそのまま具として味噌汁に投入できるし、日によってはねぎや豆腐を入れるなど、具材のバリエーションをつければ飽きることもない。
もちろん、味噌汁に限った話ではなく、スープなどに使っても構わない。

今日も我が家の食卓には、しいたけ味噌汁の姿がある。

確たる根拠はないし、万人に効果があるという保証もない。
でも、なにもやらないよりは、まだ希望が持てるというもの。
LDLコレステロールの値に頭を悩ませている方。
一度お試しあれ。
posted by たいにー at 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年12月05日

痛烈! バドミントン同好会

なんだかんだあって、三週間ぶりのバド。
気温もすっかり冷え込んできたが、未だこのコートは熱気に溢れている。

感覚を取り戻すまでに30分。
本調子になるまでに、さらに30分。
まだ体が完調ではないため、試合には参加せず。

調子が出なかったせいか、この日は多くのシャトルが犠牲になった。
見るも無残なボロボロ姿になったシャトル、羽が抜け落ちまくって三本しか残らなかったシャトル、壁の段差に入り込んで回収不可能になったシャトル……

やむなく新品のシャトルケースを開封するわけだが、そこにもボロボロのシャトルが既に入っているのは、どーゆーことか。
謎である。

しかし、シャトル酷使よりもさらに酷い事件が起こった。
メンバー最年少、Hくんと乱打の練習中をしている最中。
彼の打ったショットを追いかけていって、私がとれずにシャトルを拾い上げた直後。
コート向こうを見てみると、Hくんが倒れこんでいる。

なんだ? また転んだか?(Hくんはよく足がもつれて転ぶ)
しかし、なんか様子がヘンです……(byダビスタ)。

さすがに屈腱炎や骨折ではなかったが、どうやら捻挫したらしい。
立ち上がることすら出来ず、Hくんはほふく前進のようなスタイルでコート外に退出。
見た目にも強烈に腫れ上がっていたわけではないが、専門の人曰く、

「かなり悪い」

とのこと。

そうか。かなり悪いのか。
うーむ。
私は腕組みをしながら、神妙な面持ちで唸った。
何事か考えているかのように見えたかもしれないが、実のところ、何も考えていなかった。
もちろん、心配はしていたが。

氷水やら冷しっぷやらで当座を凌ぎ、様子を見る。

「なるべく(怪我した方の)足をつかないように。
 明日の朝はもっと痛くなっているかもしれない」

とか怖いことを言ってくれるので、こちらも余計な不安がどんどん募っていく。

「おかしいッスねぇ。いつもならすぐに歩けるようになるんスけど」

だから悪くなってるっつってんだろが。
ま、明朝は病院直行ということで。

皆さんも、事前の準備運動は大切に。
そして足腰の鍛錬も怠りなきよう。
posted by たいにー at 19:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年11月13日

突っ込め! バドミントン同好会

TOEICの挫折を払拭したい。
こういうときは体を動かすのが一番だ。
さあ、今日もがんばってバドしようぜッ。
……と思った矢先、

「今日は都合が悪いので」
「仕事が長引いて、行けそうにありません」
「すみませんね、体調悪くって」
「私も今晩、予定あるんです」

さまざまな事情、都合、思惑によって、この日の参加者、たったの三名。
そりゃー、皆が皆、TOEICで心を傷めたわけではないだろうが、この人数はあまりにもあまりにも。
それともあれか? 前日に発表されたオグシオこと女子バドミントンの小椋・潮田ペアの解散発表がこたえているのか。

三名しかいないとどうなるか?
疲れても替わる相手がいない。
弱音を吐いても、容赦なくシャトルは飛んでくる。

しかし、この日はそれでよかった。
TOEICの屈辱を晴らすかのように、一心不乱にラケットを振りまくる。

右に走った。
左にも走った。
後ろに下がりながら、足がもつれて転ぶというマンガみたいなこともやってのけた。

一時間後。
満身創痍。
この日は試合をせずに、会場を後にした。

駅への道のりの途中、バドミントン同好会の忘年会企画が持ち上がる。
そういえばそんな時期か。
実はこの同好会、参加者に名を連ねていながら、まだ一度も練習に参加していない人もいる。そーゆー人が忘年会『だけ』に参加すると、それはそれで嘲笑の的になって面白いのだが。

くれぐれも、忘年会の参加者が三人にならないことを祈るばかりである。
posted by たいにー at 23:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする