2017年02月13日

元巨人軍・カトケン、ひのき舞台に縁遠かった18年は、名誉よりも人望を培った

巨人軍の選手が、また一人、ユニフォームを脱いだ。

加藤健捕手、35歳、背番号40、愛称カトケン。
聖籠町(新潟県)の出身で、新発田農業高校卒。
同じく新潟を故郷とする立場としては、さりげなく応援していた選手の一人だ。

先日、そのカトケンの引退にまつわるインタビュー記事が掲載されていた。
後輩でありながら、巨人の絶対的正捕手に君臨した阿部慎之助選手の陰に隠れる形で、18年間の現役生活のほとんどを、控え捕手という形で過ごした生き様がつづられている。スポルティーバより。

引退した元巨人・加藤健が語る、18年の控え捕手人生と「あの死球」 (web Sportiva)

新潟・新発田農業高から1998年のドラフト3位で巨人に入団した加藤健捕手(35歳)が、昨シーズン限りで静かにユニフォームを脱いだ。一度もレギュラーの座をつかむことはなかったが、第2、第3の捕手として巨人一筋、18年もの現役生活を送った希有な存在だ。

キャリアの途中からは、レギュラーを目指すよりもチームのための控え捕手でいることに価値を見出し、最後まで戦い抜いた野球人生を振り返ってもらった。また、2012年の日本ハムとの日本シリーズで起こった”死球騒動”についても、この機会に初めて言及した。
(以下略)

華やかなプロ野球の世界しか見えない我々にとって、控えでいることの苦労、ツラさは知る由もない。だが、その境遇を耐え忍び、18年間、巨人軍捕手の控えとして、常にベンチから出られる準備をしていたことへの誇りとプロ意識を、インタビューからは垣間見ることができる。そもそも、プロ野球選手を、しかも同一球団で18年続けること、そのものが出色なのだ。

ファンに対しては『控え選手の一人』でしかなかったカトケンだが、巨人軍の中では一目置かれていた存在のようで、引退が決まってからは、主力選手が、次々に粋な計らいで引退に花を添えてくれたようだ。人望のある選手であったことは疑いない。

引退後は、地元BCリーグ新潟の球団社長補佐に就任するという。
少しずつ結果を出してきたとはいえ、新潟はまだまだ野球後進県と言われている。18年という貴重なプロ野球選手としての経験を新潟に広め、次代のスター選手が新潟から輩出される、その礎を築いていただきたいものである。

posted by たいにー at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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