昨日掲載した動静っ中年で、ペニー(元ソフトバンク)というダメ助っ人外国人の話題を取り上げた。
その際、脳裏を過ぎったのは、これまでにも現れては消えていった、多くのプロ野球助っ人外国人の皆さん。
いずれ劣らぬメジャーでの実績を引っさげ、日本人の最高年俸選手に匹敵する金額の給料で来日したプレイヤーたち(そうでない人も多いけど)。下馬評どおりの活躍を見せてくれる選手がいる一方で、給料泥棒以外の何者でもない数字しか残せず、とっととアメリカに帰っていった選手も少なくない。
ここではそんな、『ペニーに勝るとも劣らぬ』ダメッぷりを見せつけて日本をあとにした、私の記憶に残る、愛すべき助っ人外国人たちをご紹介しよう。
グリーンウェル(1997年:阪神)
通算打率が三割を超える現役メジャーの巧打者として、1997年に阪神入団。当時の球団史上最高額となる3億円という年俸や、7文字もある長い名前が表示しきれないために電光掲示板を改修したことなどからも、球団やファンの期待は大きかった。
しかし開幕前のキャンプ中に背筋痛を理由に一時帰国。4月下旬に再来日し、デビュー直後は活躍。ところがデビュー8日後の巨人戦で左足甲に自打球を当てて骨折。「足のけがは野球をやめろという神のお告げだ」と説明した彼は、そのまま現役を引退。ほどなく帰国してしまった。阪神ファンからは『史上最悪の詐欺師』と呼ばれ、特に忌み嫌われている。
阪神での通算成績は、7試合に出場、26打数6安打、打率.231、本塁打0、打点5。
ディアー(1994年:阪神)
メジャー通算10年で226本塁打という実績を引っさげ、右の超大砲として阪神入り。そのパワーはキャンプ中から炸裂し、キャンプ地・安芸市民球場には急遽、レフト後方に高さ約20メートルの『ディアーネット』が取り付けられたほど。
ところがシーズンが開幕すると量産されたのは本塁打ではなく三振の山。打率だったらよかったのに、と思わせる約4割の三振率に『(年俸)2億7千万円の大型扇風機』という異名までつく始末。特にナイターで打てなかったため、鳥目なのではないかと噂されたが、その真偽を確かめる間もなく、8月に右手親指じん帯断裂で帰国、そのまま引退となった。
阪神での通算成績は、70試合に出場、192打数29安打、打率.151、本塁打8、打点21(三振76)。
ディステファーノ(1990年:中日)
打撃も正確も荒いことで知られる暴れん坊。その粗暴さは中日の第一次星野政権の中でも群を抜いており、オープン戦で死球を受けて暴力行為で退場するという、前代未聞の事態に。
その後も成績は振るわなかったものの、星野軍団の乱闘戦力として、(問題の当事者でもないのに)一人だけ退場処分を食らったり、乱闘していないのに主審から間違えて退場処分を宣告されたり、野球『以外』の部分で大活躍。
退団直前の試合で球場設備を破壊し、罰金を請求されるも、解雇されて踏み倒したまま帰国。個人的には一番記憶に残っているダメ助っ人。
中日での通算成績は、56試合に出場、181打数39安打、打率.215、本塁打5、打点14。
ミセリ(2005年:巨人)
メジャー通算579試合登板の実績を引っさげ、巨人でクローザーとしての活躍を期待された投手。開幕戦の9回、1点リードという場面で初登板するも、相手打者に本塁打、内野安打、盗塁、本塁打と容赦ない攻撃を食らい、あっという間に逆転、敗戦投手に。
オープン戦のみならず、シーズンが開幕してもまったく調子の上がらないメジャーリーガーに、巨人首脳陣が「別人が来たかと思った」とこぼすほど、目立った投球を見せることはなく、右肩痛を訴えて退団することに。4月19日での解雇は、球団史上最速。退団後、ちゃっかり浅草観光を満喫してから帰国したことが話題となる。
年俸、約170万ドルは、金満球団・巨人にとっても、あまりに高い買い物であった(交渉の末、実際に支払った金額は約5,000万円で決着)。
巨人での通算成績は、4試合に登板し、0勝2敗0セーブ、防御率23.63(被本塁打3)。
ミッチェル(1995年:ダイエー)
メジャーで本塁打王やMVPの獲得実績がある強打者として、鳴り物入りでダイエーに入団。開幕戦で初打席満塁本塁打を放つなど、華々しいデビューを飾る。
しかしその後、病気療養のために無断帰国。8月に再来日するも、すぐに2度目の無断帰国をしたため、球団は同月付けで解雇。推定年俸4億円以上という高額オファーとその名前から、マーガレット・ミッチェル作『風と共に去りぬ』ならぬ『金と共に去りぬ』と揶揄された。
高額報酬の割にとっとと退団した経緯や、同じホークスの助っ人外国人であるという境遇から、ペニーの比較対象として槍玉にあがっている。
ダイエーでの通算成績は、37試合に出場、130打数39安打、打率.300、本塁打8、打点28。
ペピトーン(1973年:ヤクルト)
堅守とパワーヒッターを売りにヤクルトへ入団。序盤こそ期待に応えたが、シーズン途中で夫人との離婚裁判のために無断帰国。再来日した10日後にアキレス腱を痛めたとして勝手にシーズンを終幕させ、治療のために再び無断帰国する。
その後も仮病で練習をさぼるなど、放蕩三昧。2シーズン目に入り、オープン戦が始まっても来日しないなど、無頼の限りを尽くしたことに業を煮やし、3月20日づけで解雇。
当時、『日本球界史上最悪の外国人助っ人』という肩書きが災いしたのか、帰国後も選手として復帰することは叶わず、薬物、暴行、飲酒運転などの不祥事を繰り返して世間を騒がせた。メジャーリーグでも、日本でプレイする野球選手のあり方を考えさせるきっかけとなった選手だった。
ヤクルトでの通算成績は、14試合に出場、43打数7安打、打率.163、本塁打1、打点2。
当たるも八卦、当たらぬも八卦の助っ人外国人
……とまあ、いずれ劣らぬ猛者ぞろい。
文中でも触れたが、単純に『活躍できない』『とっとと帰った』というダメ外国人の定番からはるかに逸脱したディステファーノの印象は、私の中で非常に色濃い。中日の助っ人外国人は、他球団に比べて比較的当たりが多いということも、彼の存在感を強めている要因かもしれない。
毎年、巨人の海外スカウトは見る目がないなあと思っていたが、ことハズレ外国人を引くことに関しては、阪神スカウトの方が一枚上を行く。そう考えると、よくマートンと(西武で結果の出なかった)ブラゼルを引っ張ってきたなあ。
やっぱり、スカウトって重要よね。